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漠然とした疑問

漠然とした疑問。


障害者とそうでない人の違いってなんなんだろう。


実は、今まで思っていたほどこの両者に決定的な違いはないのかもしれないと思った。


自分は実は小さい頃発達障害の診断を受けたことがある。


今は普通に大学に通っているけれど、将来ちゃんと働いていけるか不安だったりする。


自分の発達障害はどちらかと言うと「軽い」部類で、普段は他人に悟られることはない。


自分も、中学や高校のうちは、僕は普通だ、と思ってきた。運動はありえないほど苦手だったけど、勉強はできる方だったのもあり、割とやりやすかった。高校の頃は気の合う友人も結構いて(ほとんどがアニオタだった)、これといった悩みもなく、それなりに楽しく過ごせたと思う。


他人と喋っていて、気をぬくとトンチンカンな受け答えをしてしまったり、傘を一ヶ月に何本も無くしたり、人の話を聞くのが苦手だったり、人とご飯を食べる速度を合わせられなかったりといった特徴はあったけれど、それもまぁ、そんなに大したことないっしょと思っていた。


でも大学に入って、色んなアルバイトを経験したり、大学の実習などを経験するようになり、だんだんと自分の不器用さ、決定的な未熟さに気づかざるを得なくなってきた。


高校の頃親から告知された時は半信半疑だったけれど、ここ最近は、「あぁ、やっぱり自分は発達障害なのかもなぁ」と実感している。


今日は、前から気になっていたとあるカフェに行ってきた。


そのお店は、発達障害のある人を主に採用するというコンセプトのお店。


自分は今まで、自分以外の発達障害の人とあまり関わりがなかったこともあり、どんな人が働いてるのかな、という興味もあって、なんとなく入店してみた。


結果から言うと、僕はそのお店のことをとても気に入った。飲み物も美味しかったし、なんとなくとても和やかな雰囲気があって、リラックスできた。


そしてもう一つ思ったことがある。それは、そこで働いていた人たちは、僕が思っていたよりずっと普通な人たちだったということ。


自分となんら変わらないのではないか、という印象を受けた。


そのお店は、分類としては「障害者就労継続支援施設」というもの。つまり、そこで働いている人たちは、「障害者」という立ち位置であるということになる。


でも、今日僕に応対してくれた店員さんたちは、どこが「障害者」なのか、本当に全く分からなかった。


今まで自分は、障害者というと、誰の目から見ても明らかなハンディを抱えた、自分とは大きくかけ離れた存在なのだと、思ってきた。


でも今は、障害者というのは、一般的な就労環境に適応しきれない人を指すと思っている。


そして、発達障害を抱えた人というのは、障害者と健常者のまさに中間にいると思う。


自分は今までアルバイトを色々やってきたが、一般的な就労環境で真っ当に働くというのは、並大抵のことではないという印象を持つようになった。


色んなことを完璧にこなさなくてはならない。一回言われたことはその場で覚えなければならない。そして、普通なら「当たり前に分かる」ことも、懇切丁寧に説明を受けないと分からなかったりすることが多々あるので、働くというのは本当に難しいなと、常に思ってきた。


発達障害のある人は、本人の努力・周りの理解・そして仕事自体の適性次第では、健常者と変わらないくらいに仕事がこなせることもある。そしてうまく仕事に適応できた場合、その人は紛れもなく「健常者」という扱いになる。「何かはっきりと出来ないものがある」わけではないから。


しかし、仕事に適応するということは発達障害の人にとってそれなりにハードルが高い。仕事にうまく適応できなければ、その人は「障害者」という扱いになってしまうのかもしれない。


この考え方だと、発達障害の人が健常者という扱いになるか、障害者という扱いになるかは、その人が一般的な就労環境に適応できるかどうかによるということになる。


でも、一般的な就労環境に適応できた発達障害の人と、そうでない人が何が違うかなんて分からない。はっきりとここが違うと、言うことは出来ないのだ。


そんな感じで、(自分のような人間にとっては)健常者と障害者って本当に紙一重なんだなぁと、今日しみじみと感じたのでした。(終)




ポケモンやろっと。